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Still alive!


4月9日
色々な方から励ましを頂くとともに、多くの方が私の事を気にしてくださっていることを知りました。
闘病記は書かないつもりですが、現状だけはご報告させてください。

3月初めに厄介な部分にStage-Ⅲの癌が見つかってしまいました。
既に複数のリンパ節に転移しており手術はしない、とのことで抗がん剤と放射線による治療が4月から始まりました。

1週間の入院で抗がん剤+放射線
4週間の通院で放射線
1週間の入院で抗がん剤+放射線

計6クール5月半ばまでの治療ですが、かなり強い抗がん剤を使うために体質・体力勝負。予定のスケジュールを最後までこなせるかどうかがまずは第一関門になっています。

今回の抗がん剤の最大の副作用は腎臓へのアタックで、実績として100人に一人が人工透析患者になるとのこと。もちろんその時は治療は中止です。その他大多数の人に強い嘔吐による体力消耗と、白血球減少に伴うさまざまな感染症発生。
放射線の方はと言えば静脈破裂による即死が最大リスクで、これまた実績値は100人に一人。
その他に熱傷による摂食障害が普通に出るようです。

まぁ、ビビりますわな。
しかし幸いなことに1クール終了して腎機能の重大な低下や嘔吐などこの期間にでるはずの副作用は現れませんでした。
元気に抗がん剤点滴中の図。
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しいて言えば、腎機能低下による多少の体のむくみ(3日目に体重3kg増)が出たことと、副作用緩和のステロイド剤によって顔が少し赤くなったことくらいでしょうか。下痢も便秘も全くなしでした。

4月6日 無事退院
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病院から小川町の割烹ふたばに直行して美味しい鰻を頂いてから帰宅したくらい元気です。
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ところが退院翌日の4月7日深夜、介護ホームから母危篤の1報。
搬送先の病院に駆けつけた時には日付が変わって4月8日、私の誕生日になっていました。そして結局母親は私を生んだその66年後の同じ日、我が子や孫と1日中取り留めもない話を続けたあと、全く苦しむこともなく息を引き取りました。今これを書いている隣の部屋で誰もが驚くきれいな顔で寝ています。

前にも書いたかもしれませんが、私は仕事も趣味もやりたいことをやりたいようにやらせてもらえ、家族に、仕事に、人に、恵まれた素晴らしい人生でした。仕事はもちろん、黒部スキー横断(周遊)9回とか晴天のチンネ登攀3回とか、私の力量を完全に越えたことを続けてくることができました。
しかし心配事はもちろんあります。
この先家内に寂しい思いをさせてしまうだろうし、私がいなくなったら母を今よりも質の落ちる施設に移さざるを得ない事がとても不憫で気がかりでした。

しかしこうして母親が苦しむこともなく孫たちに囲まれて平穏に息を引き取ってくれたことは私への最高のバースデイプレゼントになりました。さすが我が母親ですわ。あっぱれ!



4月9日放射線治療帰りの小川小学校下里分校にて
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そろそろ白血球減少期に入ったはずなので、感染症に厳重に注意した生活を送っています。
何かいいことがあった時にはまたお知らせしたいと思います。


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